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さよならばあちゃん

6月28日(火)



先週の土曜の早朝、父方のばあちゃんが亡くなった。
脳梗塞だった。


俺が中学生の時にじいちゃんが死んでから、
巣鴨の地蔵通りから一本入った小さな家で、知的障害のある叔母と長らく二人暮らしだったばあちゃん。

親戚中だけでなく周り近所からも評判の、絵に描いたような温厚な人だった。
幼い頃の記憶を辿っても、俺はばあちゃんに怒られた事が無い。

いつも笑顔で全てを許してくれるばあちゃんのオーラは絶大で、
親戚が一堂に会する時は、至ってホンワカした空気が漂っていたものだ。



6月7日に頭が痛いと言って、かかりつけの病院に入院してから、容態が悪化したのが17日の夜中。
差し迫って命に別状はないとゆうことで、
18日にライブをやった翌日にお見舞いに駆けつけたのだが、
その時はすでに意識は無かった。

酸素マスクをつけ、身体中にチューブを繋がれて、笑顔の消えたばあちゃんは、
数日前とはまるで別人だったが、
父やその兄弟も、我々孫連中も、復活を信じて看病に当たっていた。

時折、目を開いたりとじたりしていたばあちゃんだったけど、
あの時の我々の声はばあちゃんに届いたのだろうか。



通夜と葬儀は親戚だけでひっそりと行われ、
誰一人、思い出話を語りはじめることなく、ホンワカしたムードのままみんな解散していった。
きっと悲しみで涙に包まれる雰囲気になりくなかったからなんだろう。
ばあちゃんの血は確実に受け継がれていた。


じいちゃんが死んだ時、葬儀が全て終わった後に、
それまで平静を保っていたばあちゃんが、
巣鴨の家に帰ってから堰を切ったように泣き崩れたのを思い出した。

そんなばあちゃんの思い出を胸に、おれは家に帰ってからコッソリと1人で泣いた。


今頃天国で23年振りに再会したじいちゃんと二人で、
微笑みながら俺達を見守ってくれてるんだろうな。


ばあちゃん、いままでありがとう。

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Author:マイペースぺー
いやいやいや、難聴になってから早2年ですか。
結局なんとかなるもんですね。
人間の力って素晴らしいよ。全く。

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